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インタビュー

「職人醤油」代表 高橋万太郎さんインタビュー

400以上の醤油蔵を巡った高橋万太郎さんに聞く、奥深き「醤油」の世界

高橋万太郎(「職人醤油」代表 )

高橋万太郎さん

発酵食品といえば、納豆やチーズなどを思い浮かべる方が多いと思いますが、実は日本人が毎日口にしている「醤油(しょうゆ)」も発酵が生み出したもの。当たり前過ぎて意外と知らない醤油の世界について、日本各地400ヵ所以上の醤油蔵を巡り、「醤油の伝道師」とも言われる「職人醤油」代表・高橋万太郎さんにお話を伺いました。

高橋万太郎さん

高橋万太郎(「職人醤油」 代表)

1980年群馬県前橋市出身。立命館大学卒業後、(株)キーエンスで精密光学機器の営業に従事し2006年退職。(株)伝統デザイン工房を設立し、これまでとは180度転換した伝統産業や地域産業の世界に身を投じる。現在は一升瓶での販売が一般的だった蔵元仕込みの醤油を、100ml入りの小瓶で販売する「職人醤油」を運営。これまでに全国の400以上の醤油蔵を訪問した。

意外!?「醤油」にはこんなに種類があった

様々な醤油

日本人にとって、特になじみ深い調味料「醤油」。でも、実は一言で「醤油」と言っても、いろいろな種類があることをご存知ですか?

大きく分けると、おなじみの「濃口(こいくち)醤油」や「淡口(うすくち)醤油」のほかに「白醤油」、「再仕込(さいしこみ)醤油」、「溜(たまり)醤油」、さらに九州や北陸などで一般的な「甘口醤油」の6種類。

高橋さんが代表をつとめる「職人醤油」(松屋銀座店)の店頭には、全国の醤油蔵からえりすぐられた約90銘柄の醤油が並んでいます。

「職人醤油」(松屋銀座店)の店頭に並ぶ醤油

試しに味見してみると、普段口にしているイメージの醤油というより、塩気のある生ジュースのようなフレッシュさにびっくり。さらにそれぞれの醤油の見た目(色)と風味・味わいのバリエーションにも驚かされます。

「新鮮な醤油のおいしさに、みなさん驚かれます。それぞれの醤油は塩分や味わいが全く違うので、それぞれ適している使い方も違うんですよ。たとえば豆腐にかけてみるとわかるんですが、少し高い、大豆の味わいが深いおいしい豆腐には、淡口醤油が合います。でも、普通の豆腐であれば、濃口や再仕込といった味がしっかりした醤油の方が合うことがわかります」

日本全国400以上の醤油蔵を巡った男が語る「醤油」

高橋万太郎さん

これまでに、日本各地にある400以上の醤油蔵を実際に訪問した経験を持つ高橋さんは、蔵それぞれにしっかりした個性があると語ります。

「醤油の原料は、主に大豆・小麦・食塩。大豆のタンパク質がうま味になり、小麦のでんぷんはブドウ糖として香りや甘みになります。さらに塩分は味わいだけではなく、雑菌から守り、長期間の発酵熟成をさせるために欠かせない役割を果たしています。

それらの原料が一麹(こうじ、蒸した大豆や炒った小麦に麹菌を繁殖させること)、二櫂(かい、発酵時にかき混ぜること・熟成管理)、三火入れ(仕上げに加熱することで微生物の動きを止め香りを引き立てる技術)と言われる工程を経て醤油になるのですが、そこで麹菌、乳酸菌、酵母菌といった微生物による発酵が、重要な役割を果たしています。

菌には何千もの種類があり、良い菌も悪い菌も、醤油蔵の中を浮遊していて、新しく入ってくる菌もあれば、出ていく菌もあり、菌の勢力図は日々変わっています。昔からある醤油蔵にはその蔵特有の微生物がすみ着いていて、その個性が醤油の味わいの違いになっていると言えます」

実際にこんな例もあるのだとか。

「醤油づくりが盛んなある地域では、同じ種麹屋さんで造った麹を使って醤油を造っているのですが、出来上がりがまったく違う味になることもあるんです。たとえばAの蔵が造ると控えめで穏やかな味の醤油になり、Bの蔵が造ると強い存在感のある味になることも。

しかも、なぜかそれぞれの醤油とそれぞれの蔵の主人の性格が、同じように穏やかだったり、力強かったりと似通っているんです。ここからは僕の考えですが、それぞれの作り手の『こういう醤油を造りたい』という気持ちが、蔵の環境に個性として出るのかもしれません」

高橋万太郎さん

「発酵が決め手になる醤油づくりでは、どの蔵も長年醤油を造り続ける中で、微生物が活躍しやすい環境をいかに作り上げるかに腐心しています。ただ、そのやり方は蔵それぞれに違い、たとえば掃除をきっちりやるところ、余計な微生物が寄ってこないように厳重に立ち入りを制限するところ、反対に見学を自由にして人が近くに来ることを歓迎するところなど、それぞれに考え方が違えば、蔵の環境も違ってきます。その結果、それぞれの蔵の意図に近い醤油ができるのかもしれません」

微生物も生き物だから、もしかしたら作り手の性格と相性の良い菌の勢力が強くなるのかも、と考えると面白いですね。

「醤油の作り手には『地元のお客さんが好き、醤油が好き』という方もいれば、『どんな製造工程で造ればよりおいしいものができるか』と研究に没頭している職人さんもいて、どちらも純粋に打ち込んでいる姿がすごいなと思います。そういう作り手さんの醤油は、職人醤油の店舗のお客さまの反応もよく、リピートで買ってくださるので、ちゃんと良さが伝わっていると実感しています」

伝統ゆえに閉鎖的にも思える醤油業界ですが、新しい試みや、時代に合わせた変化なども起きていると言います。

「醤油づくりの過程の中では、『麹づくり』が一番大切だと語る作り手さんが多いんです。そのため、昔は醤油蔵同士では麹の造り方を一切語らないというのが暗黙の了解だったようです。でも最近では一緒に麹を造るなど、お互いの技術を高め合っている30代の若い作り手たちの横のつながりも広がっています。

古い世代からすると絶対に考えられないことらしいのですが、その壁を飛び越えて意気投合している様子に、醤油業界の新しい風を感じます」

醤油は鮮度が大切!酸化した醤油では、料理も台無しに?

店頭に立つ高橋万太郎さん

最後に、醤油の選び方や楽しみ方について聞いてみました。 一般消費者から、海外からの旅行者、あるいはプロのラーメン店などさまざまなお客さんが、おいしい醤油を求めて訪れる「職人醤油」ですが、そんなお客さんたちから最も多く挙がる質問が「お刺身に合う醤油はどれ?」と言うものなのだとか。

「ひとくちに刺身といっても、ホタテや白身魚のように味が繊細なものには、素材の味を引き出す淡口醤油が合います。ふだんオリーブオイルと塩で味付けしているようなカルパッチョやサラダなどにも、同じように淡口醤油が合いますね。反対にマグロの赤身のようにしっかりした味には、再仕込醤油や溜醤油を合わせるとおいしいですよ」

また、醤油を使って手軽に作れるドレッシングもおすすめなのだそう。

「お酢、油、醤油を1:1:1で混ぜるだけで、簡単においしいドレッシングができます。といっても、醤油の選び方だけでも幅が広がりますし、油もサラダ油、ゴマ油、オリーブオイルといくつもの種類があるので、どれを組み合わせるかによって味わいがまったく変わります。玉ねぎとレタスのシンプルなサラダには淡口、ベーコンやオリーブなど具材がしっかり入っている場合は、強めの味の再仕込や溜醤油が合うなど、料理によって正解のドレッシングを探すのも楽しいですよ」

職人醤油

このように、選び方や組み合わせで味わいが広がる醤油。でも、実は意識して醤油を使っている人は決して多くないようです。

「『醤油はどれも同じでしょう』と思う方も多く、一般のご家庭はもちろん、飲食店でも真っ黒に酸化した醤油を使っているところもあります。どんなに新鮮な刺身を食べようとしても、それに合わせる醤油が酸化していると、味わいが台無しになってしまうんですが……」

一度開栓した醤油は、空気に触れることで「酸化」してしまい、時間がたつほど色が真っ黒に濃くなり、味や香りが劣化してしまうそうです。

「まず新鮮な醤油の味を知っていただきたいですね。醤油は1ヵ月を過ぎると風味が落ちてしまうので、1ヵ月で使い切れる量を買うことをお勧めします。また、醤油差しを使っている場合は、容量の小さいものを使い、1週間程度で使いきりましょう。中の醤油が減ってきてもつぎ足さず、使い切ってから容器を洗って入れなおしてくださいね」

存在が身近すぎて、今まで深く考えたことのない方も多いかもしれませんが、醤油は奥深い「発酵」のたまもの。毎日使うものだからこそ、まずは新鮮な一本を手に入れて、さらに自分好みの醤油を探してみると、普段の生活がますます楽しみになるかもしれません。

※記載内容は、取材対象者及び筆者の個人的な見解であり、特定の商品または発酵食品についての効果効用を保証するものではありません。

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