ごはん屋ヒバリ・田中聖子さんインタビュー
食べることの楽しさを伝えたい『ごはん屋ヒバリ』店主 田中聖子さんインタビュー【後編】
田中聖子(ごはん屋ヒバリ 店主)
前回、ワークショップ『手前味噌の会』の話を通して、手作り味噌への思いを語って下さった田中聖子さん。今回は、ご自身が営む飲食店『ごはん屋ヒバリ』をオープンするきっかけとなった、無農薬、在来種の野菜との出会いをはじめ、「本当に美味しいもの」を人と分かち合うことの豊かさについて伺います。古来から受け継がれるものを通して、人との交流を育む田中さん。パワフルなエピソードが盛りだくさんです!
田中聖子(ごはん屋ヒバリ 店主)
大学卒業後、さまざまな食品に関する研究や検査を行う研究所に勤務。食品や、それにまつわる生物的、科学的なことを数多く学ぶ。そんななか、広島県の農家で作られている無農薬固定種による野菜と出会い、「この力強い美味しさを多くの人に届けたい」という思いで、飲食店『ごはん屋ヒバリ』をオープン。現在は東京の世田谷区砧に店舗を構え、手作り味噌のワークショップ『手前味噌の会』や料理教室も開催している。
「在来種」野菜との出会い。どうして、こんなに美味しいの⁉
――『ごはん屋ヒバリ』をオープンしたのは、そもそも、とても美味しい野菜との出会いがきっかけだったとか。
そうなんです。私の最初の就職先は広島県の食品研究所で、そこで働いていた時期に、県内のある道の駅で驚くほど美味しい野菜を知りました。しかも、その野菜を作っている農家さんが卸のためにたまたま道の駅にいらしていて、初めてお会いしたにも関わらず、私と一緒にいた知人は「畑を見せてほしい」とお願いしたんです(笑)。
それで実際に畑に伺うことができて、いろいろな野菜を食べさせてもらったら、もうびっくり。すごく力強い味で、ぜひ継続して食べたいと思ったので、定期的に送ってもらうようにしました。
――それほど惚れ込んだのですね。
はい。送ってもらうようになってから知ったのですが、その野菜は「昔から存在する種=在来種」と呼ばれる固定種で作られているんです。さらに、農薬や化学肥料は使わずに栽培されています。食べれば食べるほど、どうしてこんなに美味しいんだろう? と、すっかり夢中になりました。その頃の私は、仕事で食品の研究をしていて、食べ物や調味料、添加物のことがちょうど気になり始めていたんです。自然食品について調べたり、自然食レストランに食べに行くなど、「食べる」ことに興味をもって動いていたので、この野菜との出会いは衝撃でした。食べると嬉しくて楽しくなる。そういう喜びをたくさんの人に知ってほしいと思って、これはもうお店を始めるしかない! と、まずは広島でお店をオープンしました。
食感、温度、味、見た目。すべてがカラフルな料理を作りたい
――「食べると嬉しくて楽しくなる」とは、素敵ですね。
体にいいことももちろん大事ですけど、それ以前に、まずは「食べて楽しい」ことを大切にしています。私が作る料理は、食感や温度、味、そして見た目も全部含めて、カラフルでありたいんです。夏野菜の、青や緑の色、秋は根菜の深みのある色というように、色で季節感を表すことも楽しい。「良薬口に苦し」と言われるけれど、体にいいからと好きではないものを食べるより、自分が好きだから食べる。そして、それを食べることで、結果として心も体も健康になれるならうれしいですし、最高ですよね。
――お店で出しているメニューは、どういうものですか?
広島で開業した2年後には東京に移って、今は世田谷区の祖師ヶ谷大蔵駅の近くでお店を営業しています。コロナウィルスの感染が心配されるようになってからは店内での飲食はお休みしていて、テイクアウトのお弁当のみを販売しているのですが、作る料理の内容は広島時代から変わっていません。季節ごとに送ってもらう野菜によって内容を変えているんです。野菜の旬の時期は3段階あって、「走り(はしり)」「盛り(さかり)」「名残(なごり)」と呼ばれています。
在来種の野菜の収穫期はとても長いので、この3段階の味を存分に楽しめるのも魅力です。たとえば、野菜の出始めの頃の「走り」は柔らかくてみずみずしいので、調味料で味付けする必要がないほど。そのまま食べても充分に美味しいです。最盛期の「盛り」はちょうど食べ頃なので充実した味を楽しめて、「名残」になると皮が少し固くなるなどの変化があるので、調味料を使ったり、火をしっかり入れるなどの調理法を取っています。そのときの野菜の特性をよく見て、一番美味しい状態に仕上げています。
ただ、ひとつの季節の野菜が終わって、その次の季節の野菜が出てくるまでの間は端境期(はざかいき)と呼ばれ、野菜があまり採れない時期があります。その時期は、乾物や保存食を使ってメニューを構成します。それから、店頭やオンラインショップでは、『ガパオの素』『バジル醤油』『らっきょう甘酢漬け』などの保存食や、自家製の調味料も販売しています。
農家さんに、野菜の種から育ててもらうことも。食への興味は尽きない
――常に、素材が一番美味しく感じられる調理法を心がけていらっしゃるのですね。
素材の特徴をよく理解したうえで料理をすると、本当に美味しく食べることができるんです。料理はやればやるほど楽しくて、いろいろな野菜への興味も尽きないので、使ってみたいものに出会うと、その野菜の種を農家さんに送ってイチから育ててもらうこともあります。ただ、なかには、農家さんがご存知ではない野菜もあるので、半信半疑で栽培して下さることも。以前ハーブのフェンネルの種を送ったときは、フェンネルの隣に生えてきた雑草をフェンネルだと勘違いして大切に育ててしまったことがあり、届いた袋には、マジックで「?」と書いてありました。農家さんは自信がなくて、「これですか?」というお気持ちだったんですね。袋を開けてみて、「これはたぶん雑草だと思います……」とお返事しました (笑)。
――田中さんは、昔から受け継がれているものを大切になさっていて、作ることと食べることを楽しみ、そのうえで、ご自身が「楽しい」と感じたことを人と分かち合っていらっしゃるようにお見受けします。
そう言っていただけると嬉しいです。お店に来て下さるお客様も、味噌作りのワークショップ『手前味噌の会』や、時々行う料理教室に参加して下さる方も、皆さんと食を通していろいろなことを分かち合う時間はとても楽しいです。私の料理を食べると、「あ、こういうことでいいんですね!」とおっしゃる方がいます。つまり、家で作る料理に迷いがあったり、あれこれ手の込んだことをしなきゃと思ったりするけど、素材が美味しければ、調理法はこんなにシンプルでいいんだ! と気づいて下さる。そういう発見もおもしろいですよね。これからも、「食べることはこんなに楽しいんだよ」ということを、ひとりでも多くの人に伝えていきたいと思います。
※記載内容は、取材対象者及び筆者の個人的見解であり、特定の商品または発酵食品の効果・効用を保証するものではありません。