発酵デパートメント・小倉ヒラクさんインタビュー
発酵デパートメント・小倉ヒラクさんに聞く「“枠外”のものこそ宝!発酵デパートメントが売るスゴい発酵食品たち」
小倉ヒラク(発酵デパートメント オーナー)
「その土地にしかない食文化こそ、宝物」と話す、発酵デザイナー・小倉ヒラクさん。その言葉通り、彼が運営する発酵食品専門店「発酵デパートメント」には、地域性や個性あふれる約500種類の発酵プロダクトが集います。同店の“スゴい発酵食品たち”にフォーカスを当てながら、小倉さんに発酵カルチャーの面白さ、楽しみ方を語ってもらいました。
発酵デパートメントの魅力や、“発酵沼”について聞いた前編とあわせてお読みください。
小倉ヒラク 発酵デザイナー・「発酵デパートメント」オーナー
発酵デパートメント」を2020年、下北沢にオープン。全国の醸造家と商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを多数開催。YBSラジオ「発酵兄弟のCOZYTALK」パーソナリティーも務める。
デザイナーとして活躍したのち、東京農業大学で研究生として発酵学を学ぶ。発酵食品の専門店「発酵デパートメント」を2020年、下北沢にオープン。全国の醸造家と商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを多数開催。YBSラジオ「発酵兄弟のCOZYTALK」パーソナリティーも務める。
謎の調味料があれば、どこにでも飛んで行く
日本全国・世界各地からユニークな発酵食品を集めた発酵デパートメントの中でも、小倉さんが「激ヤバ」と話す1つが、唐辛子発酵調味料「唐三」(からぞう)です。
「『唐三』は、兵庫県の中でも鳥取に近い香美(かみ)町という、ほとんど日本のチベットと言えるようなのどかで自然あふれる場所で作られる、全く新しい調味料です。作っているのは、3人の“発酵老人”。造り酒屋出身、元フレンチシェフなど個性豊かな発酵老人の3人組です。彼らは自然豊かな地元の食材の凄みを伝えようと、このプロジェクトを立ち上げました。
地元の唐辛子をベースに、地元の米で作られた麹、そして地元で作られた醤油を合わせ、3年ほど熟成させて唐三はできあがります。味は和製のタバスコといったイメージで、辛味だけでなく爽やかな酸味と独特の旨味が特徴。かなり幅広い料理に合わせられる万能調味料です。“老人3人組”がイノベーションを起こし、新たな調味料のスタンダードを作る。ロマンがあって素晴らしいです。」
小倉さんは実際に「唐三」の醸造所まで足を伸ばし、生産者たちと会ってきたそうです。
「謎の調味料があると聞けば、僕はどこにでも飛んで行きます(笑)」
発酵デパートメントには、こうして小倉さん自身がフィールドワークをして出会った各地のユニークなプロダクトが集います。小倉さんは、いったいどんな基準で取り扱う商品を選んでいるのでしょう?
「ひとことで言うと、“よくわからないもの”をたくさん置いているのが特徴です(笑) 最近は発酵が注目されていて、わりと麹や甘酒といったものには追い風が吹いているのですが、うちには追い風が1ミリも吹いていない、むしろ向かい風しか吹いていないようなものもたくさんあります。本当にそれで商売になるの?っていう」
醤油だけでも7ジャンルをコンプリート
“よくわからないもの”や“向かい風が吹いているもの”とは、いったいどんなものですか!?
「別の言い方をすると、体系化されていないものです。醤油や味噌、お酒などの発酵食品はきちんと業界団体や生産者組合、研究所があって、製品の系統がしっかり体系化されています。まさに大学の醸造科や民間の醸造学の資格検定では、そうした体系を学びます。対してうちで扱うものの7割くらいは、その体系から漏れている商品なんです。今やすっかりうちの代表商品の1つとなった『佐賀呼子の松浦漬』なんかも、まさにそうですね。
これはクジラの上アゴの軟骨の酒粕漬けで、既存の体系ではどこに組み込めばいいかわかりません。そして個人的には、そういう“枠組みの外側”にも、日本の発酵文化の良さは詰まっていると思っています。枠組みに収まる正統派の発酵食品であれば、他の自然食品を扱うお店などでしっかり売られています。
だからこそうちでは、“既成の枠組みからはみ出しているもの”を、意図的に扱うようにしているんです。たとえば日本酒なら、いわゆる通常の小売酒販の流通とは違う作り方をしているものとかですね。」
もう1点小倉さんが心がけていると言うのが、なるべく網羅的に商品を取り揃えることです。
「たとえば、お醤油に関して。スーパーにも醤油はいろいろありますが、たいていは濃口醤油というスタンダードな種類しか置いていません。対してうちは濃口・薄口・再仕込み・たまり・しろたまり・魚醤・九州醤油をコンプリートしています。そのうちの魚醤を見ても、イカ・イワシ・ハタハタ・アユの4種類を、あるいは九州醤油を見ても、濃口の甘口・薄口の甘口・再仕込みの甘口の3種類を扱っています。
自分でも何を言っているんだ?と思ってしまいますが(笑)、こんなふうにできるだけカテゴリーを広げ、全カテゴリーを網羅することを大切にして商品を選んでいるんです。納豆に関しても、関西型から東北型、麹を混ぜたもの、乳酸発酵させたものと幅広く取り揃えています。」
土地で長く愛されるものは無条件にスゴい!
売れ筋や主流の商品を集めるのではなく、主流からそれているものを努めて扱う。そして、できる限り扱うカテゴリーを網羅的に広げる。発酵デパートメントがそうした商品セレクトを行うのは、なぜなのでしょう?
「たとえば、先ほどの九州醤油を例に挙げてみましょう。うちでは熊本の橋本醤油さんの醤油を扱っていますが、この醤油には砂糖が添加されています。その甘い醤油が、九州の人たちにはすごく愛されている。うちの店にも熊本出身のスタッフがいて、彼がその甘い醤油を嬉しそうに勧めてきます。僕からするとかなり甘いんですが、『えー、そこまで甘くないですよー!』と(笑)。
要は日本って、これだけ情報が行き交っていながらも、味覚が均一化されていないんですよね。そうした味覚こそ、宝物だと思うんです。現代において未だ残されている、その土地固有の食習慣こそ、見えない財産だなと。
でも、“本物志向”とか“無添加のものしか扱いません”という基準でセレクトすると、そうした製品はまっさきにはじかれてしまうでしょう。たとえば八丁味噌は自然食品のお店でよく取り扱われていますよね。僕は、それってローカルカルチャーの否定でもあると思うし、寂しさを感じます。だからこそ自分の美意識でどう感じるかよりも、その地域でずっと説得力を持って受け継がれてきたものに対し、無条件のリスペクトを持つ。そんな考えで、商品を選んでいます。」
そうしたローカル文化へのリスペクトの一環として発酵デパートメントでは、特定の地域の食文化にフォーカスしたギャラリーコーナーも常設しています。とりあげる地域は期間ごとに変わっていき、取材時は「長良川フェア」と題して鮎の魚醤、郡上味噌、切り漬けといった超ローカルな発酵食文化が紹介されていました。
以下、これまで挙がった以外の“スゴい発酵食品たち”を、小倉さんのコメントを通して紹介します。
お店の棚には、発酵の物語が詰まっている
「『三河しろたまり』は、白い醤油です。なぜ白いかというと、一般的な醤油の主原料である大豆を使わず、小麦のみを使うからです。大豆によるメイラード反応が起こらないために、黒くないんです。最近は透明なコーヒーなどもありますが、それと同じでクリアな色合いをしており、料理に濃い色を付けたくない時に重宝します」
「新しいものだと、アトリエ・ドゥ・コージの『甘酒ケチャップ』が美味しいし、面白いです。アトリエ・ドゥ・コージは『発酵をもっと洋食に!』を合言葉に、麹を使った洋食用調味料を作るブランドです。フランスと日本を行き来して活動するオレガン曽根原愛美さんというチャーミングな女性が手掛けています。」
「うちのベストセラーの1つ、たまり醤油『みのび』も素晴らしいです。たまり醤油は愛知・三重・岐阜など東海地方の発祥で、小麦を使わずにほぼ大豆100%で作っています。その味わいは濃厚なコクと、シャープな旨味が特徴。鍋ものやてりやきの下味に使ったり、お刺身に合わせたり。フレッシュチーズにかけたりしても美味しいです。」
さらにはもう1つ、小倉さんイチオシの発酵食品があります。
「東北の麹文化が根付く代表地域である会津若松で日常的に食べられる麹漬け『三五八漬け』(さごはちづけ)の素です。野菜や魚や肉に軽く塗って一晩寝かせるだけで、甘くて旨〜い塩麹漬けが完成します。ごはんやお茶漬けのおともにも、酒の肴にも、最高です。」
そしてこの「三五八漬け」には、印象的なエピソードがあると小倉さんは言います。
「製造する会津若松・石橋糀屋さんを訪れた時、ご主人は『小さな糀屋だし、跡継ぎもいないし、やめてしまおうかな』みたいなことをおっしゃっていて。その後、展覧会で紹介したところ、ミュージアムショップで爆発的に売れたことがあり、ご家族からはこんな“苦情”の電話もありました。『お父さんはゴールデンウィーク中もずっと糀をつくり続けていました。そろそろお父さんを休ませてください』と(笑)
しばらく後にご主人が店に遊びに来て、こう言ってくださいました。『小倉さんにとりあげてもらってから、商品の引き合いがすごく増え、そのおかげで店を手伝ってくれる人も現れました。おかげで、この先も店を続けられそうです。』
たまたまご縁があって僕らが少しだけお手伝いをし、プロダクトの素晴らしさをいろいろな人に知ってもらい、作る人が新しく生まれたというのは、すばらしい流れですよね。実はそういう話が、うちの店の棚にはいっぱい詰まっているんですよ」
発酵デパートメント公式サイト