発酵の力で、内側からすこやかに美しく。
普段の生活で発酵を楽しむコツやレシピ満載の、美人を醸すWebメディア。

発酵食品事典

発酵と腐敗の違いとは?〜漬物の科学|発酵食品のカガクあれこれ【第2回】

2021.2.26

<目次>

はじめに
漬物の科学
日本の伝統的な漬物「糠漬け」
ピンと酸味が効いた京都の漬物「すぐき」
塩を使わない漬物「すんき漬け」

中島さんは、発酵食品を生み出す微生物について研究しており、一般向けにも『日本の伝統 発酵の科学』(講談社)などがある専門家です。発酵食品のすごさ、おいしさ、楽しさ……etc.を科学の成果を通して語っていただく連載第2回目は、「漬物」について。科学的に見ると、発酵と腐敗の違いとは何なのでしょうか?

中島春紫(明治大学農学部教授・農学博士)

なかじま はるし
1960年生まれ。東京大学大学院農学研究科博士課程修了。東京工業大学助手、東京大学大学院農学生命科学研究科助教授、明治大学農学部助教授を経て現職。酵母をはじめとする微生物学、微生物生態学、現在は麹菌を研究テーマの中心に据えている。著書に『日本の伝統 発酵の科学 微生物が生み出す「旨さ」の秘密』(講談社ブルーバックス)、共訳書に『キャンベル生物学』等。

はじめに

「健康のため野菜を食べましょう」。誰しも聞き飽きるほど言われてきたことだろう。実際に、野菜には各種のビタミン、カリウムなどのミネラルおよび、腸の働きをよくする食物繊維が含まれていて健康の維持には欠かせない。厚生労働省の「健康日本21(栄養・食生活)」では1日あたり350gの野菜を食べることが推奨されている(※1)。一方、「国民健康・栄養調査」によると、日本人の野菜摂取量は281.4 g (2018年:20才以上)(※2)であり推奨値の8割程度しか摂取していない計算になる。

野菜をどうやって食べると良いだろうか。量的には煮物や炒め物が多く、これはこれで悪いことではないが、熱に弱いビタミンCなどの栄養素は火を通すと破壊されてしまう。少なくとも野菜の一部は火を通さずに摂取しなければならないのだ。

余談だが、犬や猫などの動物にはビタミンCは必要ではなく、ビタミンCを必要とする動物は猿と人間くらいである。

ビタミンの定義は、
「糖質・脂肪・タンパク質・ミネラルなどの栄養源以外で
動物の生理機能を保つために必要な微量の有機化合物であり
動物の体内で合成できず食料から摂取する必要のあるもの」
である。

つまり、自分で合成できるものならば「ビタミン」とは言わない。ビタミンCの本体はアスコルビン酸であり、大部分の動物はアスコルビン酸を自力で合成できるので、ビタミンとして食べ物から摂取する必要はない。しかし、樹上生活が長く、アスコルビン酸が豊富な果物を主食としてきた類人猿はいつしかアルコルビン酸を合成する能力を失ってしまったと考えられる。このため、樹から降りてヒトとして進化した人類は、野菜・果物や生肉からアスコルビン酸をビタミンCとして摂取することが運命づけられている。

火を通さない野菜としてまず思い浮かぶのはサラダ。実際、健康のためサラダを食べるように心がけている人は多い。生野菜の彩りはいかにも健康的で、植物の生命力を体に直接取り入れている気分になれる。さらに、味わいが単調になりがちな野菜を美味しく食べるフレンチ・イタリアン・和風・胡麻ダレなどさまざまなドレッシングが開発され、サラダによる食文化が形成されている。健康に気を配る人ならば、誰でもサラダについて一家言あるだろう。しかし、少々残念なことにサラダは期待されるほど万能ではない。まず、摂取量の問題がある。ボウルに一杯の山盛りサラダも、湯掻いてみるとがっかりするほど縮んでしまい、推奨摂取量には遠く及ばないことを思い知らされる。また、生野菜は歯応えが命だが、それも良し悪しで、大量の生野菜をウサギになった気分で頬張っていると、顎が疲れて食べ切れなくなる。さらに、サラダには欠かせないドレッシングも、主成分が食酢と油と塩であることを考えると健康的とは言い難い。マヨネーズなどを使えばさらに塩分と動物脂肪が増えてしまう。

火を通さない野菜として、漬物も考えられる。漬物は野菜が適度に柔らかくなっていて適度な塩味と旨味が加わっているので無理なく摂取できる。ただ、漬物は塩分が心配という人も多いだろう。実際のところ、スーパーなど売られている浅漬けの多くは、食酢・塩・薄口しょう油・昆布だしなどの調味液に野菜を浸したものであり、塩分は2%程度でそれほど多くはない。

一方、伝統的な漬物は、野菜などさまざまな食材を食塩・酢・糠・酒粕などに漬け込んだものであり、熟成による旨味も加わっている。本来、漬物は保存食であり、塩分は漬物の材料を腐敗から守るのに必要である。
しかし、日本の伝統的な漬物の中には、塩を使わない漬物もあるのだ。長野県木曽地方の伝統的な発酵食品であるすんき漬けがその例である。

(※1)平成30年 国民健康・栄養調査結果の概要
(※2)健康日本21(栄養・食生活)

漬物の科学

漬物は世界各地で生産され、地元で生産される野菜を材料にさまざまな漬物が工夫されている。英語でピクルス(pickles)といえば漬物全般をさすが、日本でピクルスといえばキュウリやパプリカなどの酢漬けをイメージするだろう。西洋ではピクルスは見た目も重要とされ、大きなガラス瓶に浮かし漬けにされているが、この辺は日本人にはない発想であろう。一方、酸味の効いた細切りキャベツの漬物であるドイツのザウエルクラウト(ザワークラウト)や、唐辛子と白菜を漬け込んだ韓国のキムチなども日本ではポピュラーであるが、いずれも密閉した容器の中で野菜をキッチリ敷き詰めて熟成させて作る。

日本は漬物大国であり、津々浦々でさまざまな個性のある伝統的な漬物が造られている。日本の漬物は、糠漬けや粕漬けなど粉末状の漬け床を用いる点が特徴的である。このような粉末状の材料に食材を漬け込む例は海外ではほとんど見当たらない。糠にしても酒粕にしても、一種の廃物利用であり日本人は食材をトコトン利用する民族である。

白菜やニンジンなどの食材を放置すると、やがて雑菌が繁殖して腐敗してしまう。しかし、漬物にすると乳酸菌が繁殖し、発酵が進むと酸味が効いた味わいを楽しむことができる。いずれも目に見えない微生物が繁殖した結果であるが、腐敗と発酵という天と地の差がついている。「発酵」という言葉は、学術的には「微生物が酸素を使わずに有機物を分解してエネルギーを得る反応」と定義されるが、一般の人々はそんなややこしいことを考えずに「発酵」という言葉を使っている。微生物が繁殖して良いことが起これば「発酵」、悪いことが起これば「腐敗」と考えて良い。身も蓋もない定義だが、これが一般的な感覚に近いだろう。微生物の繁殖は肉眼では確認できないので、「熟成」という言葉で置き換えることもできる。つまり、熟成が成功すれば美味しい発酵食品のできあがりであり、熟成に失敗すると腐敗である。すなわち、発酵食品の製造の要点は、いかにして雑菌の繁殖を抑え、有用微生物だけを生育させるかにある。さまざまな伝統的発酵食品の製造過程を現代の科学で解析すると、雑菌を抑えて有用な微生物の繁殖を促す巧妙な工程が含まれている。意図的ではなかったにしても、このような工程を組み込むことができた発酵食品だけが現代に伝えられていると考えられる。経験と勘だけで、さまざまな発酵食品を編み出してきた先人たちの尽力には心から敬服したい。

雑菌の多くは中性からややアルカリ性の環境で生育する。そこで、雑菌を抑えるためには食材を酸性にすること、または食材に多めの塩分を加えることが有効な手段となる。厚生労働省の「漬物の衛生規範(平成28年最終改正)」(※3)には、常温で7日間以上保存できる漬物として、以下のように定められている。

(1) 塩分濃度が4%以上あるもの
(2) pH 4.0以下のもの
(3) 塩分濃度が3%以上4%未満であって、pH4.6以下のもの (以下 略)

(※3)漬物の衛生規範

海水の塩分は約3.4%、市販のヨーグルトはpH4.0 – 4.6である。つまり海水より少ししょっぱく、ヨーグルトくらいの酸味が、病原菌を抑えるために必要な条件だと見当がつくであろう。シャキシャキした浅漬けの漬物はこの条件を満たしていないため、冷蔵保存が必要である。スーパーなどで冷蔵のエリアに並んでいる漬物は要冷蔵と考えて間違いない。一方、漬物の専門店には店頭に大きな漬物の桶が並べられている。このような店で売られている常温保存が可能な漬物は、酸味がピリリと効いて一味違う本格的な風味が味わえる。

乳酸菌は1種類の細菌ではなく、糖分から乳酸を大量に生成する細菌の総称であり、現在は400種近くの細菌が乳酸菌として認定されている。乳酸菌に共通する性質は、糖分の半分以上を乳酸に変換すること、酸素に弱いこと、塩分に強いこと、生育に多くの栄養素を必要とすることなどである。自然界では栄養豊富で糖分の多い野菜や果物および動物の腸内などに生息している。栄養豊富な環境なので当然ライバルの細菌も多いが、乳酸を生成して周囲のpHを低下させることによりライバルの雑菌を死滅させている。

伝統的な漬物は、このような乳酸菌の能力を引き出すことにより病原菌を抑制し、野菜などの食材の保存性を向上させている。漬物の製造工程は、食材に付いているさまざまな微生物の中から有用な乳酸菌が優先的に生育できるように環境を整える作業ということができる。

日本の伝統的な漬物「糠漬け」

日本を代表する漬物の一つが糠漬けである。伝統的な糠漬けの製法では、米糠に食塩水を加えて塩分6 – 7%程度にし、唐辛子や昆布を加えて混合し、くず野菜を加えて捨て漬けする。糠床(ぬかどこ)は栄養分豊富だが、塩分濃度が高いので生育できる微生物は最初から制限される。さらに、容器にキッチリ蓋をして酸素を遮断することにより、野菜に付いていた乳酸菌が優先的に生育できるようになる。十分に乳酸菌が生育して糠床のpHが4.5程度にまで低下すると、もはや雑菌はほとんど生育できなくなる。こうして糠床の熟成が完了すると、いよいよ野菜を漬けることができるようになる。糠漬けにはキュウリ、ダイコン、キャベツ、ニンジン、カブ、ナスなどの歯応えがしっかりした野菜がよく合う。糠床に漬けられた野菜は、塩分のため水分が吸い出されてしんなりし、さらに糠床の塩分・乳酸およびアミノ酸などが野菜に侵入して野菜に塩味と酸味と旨味を与える。12時間程度漬けると野菜の塩分が2%程度に達して食べごろになるので、取り出して丁寧に糠を洗い流して食卓に供しよう。白米と味噌汁の和食には栄養バランスの点でも漬物がピッタリであり、酸味の効いた風味とともに野菜のビタミンと食物繊維を摂取することができる。良い糠床ができると、一晩で野菜が魔法のように美味しい漬物に変身するので、食事が楽しみになる。

糠漬けは漬け過ぎると酸味と塩味が強くなりすぎるので、食べごろの見極めも重要である。さらに、良い糠床を維持するための手入れが欠かせない。手間が掛かるが、発酵食品にこだわりのある人は自家製の糠床に挑戦してみてはいかがだろうか。最初から糠床を作ろうとすると大変だが、現代では便利な糠漬けセットなどを通信販売で入手することもできる。このようなセットには最初から優良な乳酸菌がたくさん生育しているので、手軽に糠漬けを始めることができるだろう。

手軽に始めた糠床でも、日々の手入れが必要なことには変わりない。糠床の手入れの基本は底からかき混ぜて空気に触れていた部分を深部に押し込む「天地返し」とされる。糠床に定期的に空気を送り込むことがポイントである。糠床の命は乳酸菌だが、乳酸菌の元気が良すぎると乳酸が蓄積して酸味が強くなりすぎる。乳酸菌は酸素があると酸素を使い切るまで乳酸発酵を行わない性質があるので、糠床をかき回して酸素を供給し、乳酸菌を一休みさせるのが目的である。さらに、糠床の深部には酪酸菌など嫌な臭いを発する嫌気性菌が発生しやすいので、酸素を送り込んで酪酸菌などの悪玉菌を抑える効果もある。また、漬物を繰り返していると野菜から出た水分のため糠床の底に水が溜まってくるので、々水を抜いて糠と塩を足すことも必要となる。美味しい漬物のためには、愛情を込めた糠床の手入れが欠かせない。

ピンと酸味が効いた京都の漬物「すぐき」

ほとんどの漬物は、最初に野菜や漬け床に塩を加えて作る。乳酸菌が本格的に生育して酸性になれば雑菌が繁殖することはなくなるが、乳酸菌が生育する前はどんな細菌も生育する可能性があるので腐敗の危険が大きい。漬物は最初の工程で雑菌に負けないようにすることが重要であり、最初に大量の塩を加えて雑菌の生育を抑える工程はほぼ必須である。

一方、京都の名物「すぐき」は野菜と塩だけで作るシンプルな漬物である。カブの一種である酸茎菜(すぐきな)を、蕪の部分の皮を剥いて5%程度の塩を加えて大きな樽で一晩荒漬けする。雑菌を抑えるために最初はこの濃度の塩が必要とされる。次に水洗いし、1%程度の塩とともに四斗樽に詰めて圧搾し、40℃くらいの室で1週間ほど本漬けする。乳酸菌はやや高めの温度を好むので、この条件は乳酸菌の生育に絶好であり、猛烈な勢いで繁殖する。室から出して、1週間ほど寝かせるとできあがりである。蕪の部分は輪切りにし、葉茎部は細かく刻んで食べる。ピンと酸味が効いたさわやかな味わいが特徴であり、本格シーズンである冬に賞味したいものである。

塩を使わない漬物「すんき漬け」

「敵に塩を送る」という言葉がある。戦国時代、甲斐の武田信玄が遠江の今川氏と相模の北条氏と敵対したため海に出るルートを遮断され、塩が不足して困窮していた時、永遠のライバルである越後の上杉謙信が塩を送って助けたという話が基になっていて、フェアプレーの代名詞とされている。山間部では塩が貴重品である事情が如実に示される逸話であるが、実際のところ塩を使わないで漬物を作ることはできないものだろうか。

長野県木曽地方には「すんき漬け」という、塩を使わない珍しい漬物がある。京都の「すぐき」と紛らわしいが別物である。すんき漬けの製造工程には、塩を使わない代わりに雑菌を抑えるための数々の工夫がなされている。
すんき漬けの製造は厳寒期に行う。赤蕪の葉茎に湯通しし、前年に作られた干しすんきを挟み込んで樽に漬け込み、重石をして底冷えのする土間に置く。2ヶ月ほどかけて乳酸菌がゆっくり生育し、酸味がついたところで、天日干しして貯蔵する。

湯通しすることにより雑菌を死滅させ、完成品のすんきを挟むことにより、最初から酸性にして優良な乳酸菌を供給する。このように完成品の発酵食品を加えることにより、安定した発酵を確保する例は、伝統的な発酵食品製造工程によく見られる。糠漬けを作る時、よくできた糠床を「床分け」してもらうと、糠床の熟成期間を短縮して美味しい糠床を引き継ぐことができる。また、ヨーグルトには生きた乳酸菌が大量に含まれているので、加温した牛乳に加えると自家製ヨーグルトが作れる。

すんき漬けの発酵を低温でじっくり行うことも、雑菌が繁殖する機会を減らす効果がある。すんき漬けの製造工程は長年の経験により編み出された手法と思われるが、現代の科学の視点から見ても、実に理にかなっている。貴重な塩を使わずに漬物を作りたいと願った人々が生んだ英知の結晶といえるだろう。

すんき漬けは塩味がなくシャキシャキした食感とほんのりした酸味が特徴である。刻んで白飯に振りかけても美味しいが、塩味がないことから酸味を加える食材として、蕎麦やうどんの添え物、チャーハンの具材、油炒めなどさまざまな調理法が工夫されている。武田信玄と上杉謙信の物語に想いを馳せながら、すんき漬けを味わうのも一興ではないだろうか。

※記載内容は筆者の個人的な見解であり、特定の商品または発酵食品についての効果効用を保証するものではありません。

キーワード

関連記事

おすすめ記事

ページの先頭へ