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発酵食品事典

赤ワインを冷やして飲むのは邪道か〜ワインの科学|発酵食品のカガクあれこれ【第1回】

2021.1.22

<目次>

はじめに
ブドウ栽培に向いている土地とは
白ワインの醸造と味覚の話
赤ワインの醸造と樽熟成の話
赤ワインのたしなみ方

明治大学農学部教授・中島春紫さんの新連載をお届けします。
中島さんは、発酵食品を生み出す微生物について研究しており、一般向けにも『日本の伝統 発酵の科学』(講談社)などがある専門家です。発酵食品のすごさ、おいしさ、楽しさ……etc. を科学の成果を通して語っていただく連載第1回目は、中島さんもお好きな「ワイン」について。科学的に言えば、赤ワインは常温で飲むのが正解と言い切れるのでしょうか?

中島春紫(明治大学農学部教授・農学博士)

なかじま はるし
1960年生まれ。東京大学大学院農学研究科博士課程修了。東京工業大学助手、東京大学大学院農学生命科学研究科助教授、明治大学農学部助教授を経て現職。酵母をはじめとする微生物学、微生物生態学、現在は麹菌を研究テーマの中心に据えている。著書に『日本の伝統 発酵の科学 微生物が生み出す「旨さ」の秘密』(講談社ブルーバックス)、共訳書に『キャンベル生物学』等。

はじめに

今日のディナーはミートソースのパスタ。ちょっと気取ってワインを開けてみよう。ミートソースは肉料理の一種だから赤ワインを合わせるとして、赤ワインは冷やさずに常温でとは言われるけれど、正直なところ冷えた赤ワインも美味しい気がする・・・。
ワインのたしなみに温度は重要な要素だが、赤ワインは本当に常温の方が美味しいのだろうか。また、ワインといえばフランスやイタリアのワインが定番だが、国産のワインはどうなのだろうか。食の安全を考えると、できれば日本産のワインを選びたいと思う人もいるだろう。酒飲みの素朴な疑問について、ワインの醸造工程と味覚の科学から考えてみたい。

ブドウ栽培に向いている土地とは

ワインはブドウから造る。収穫したブドウの茎を除いて果実を潰し、得られたブドウ果汁をタンクで発酵させてワインを醸す。ブドウ果汁をワインに変えてくれるアルコール発酵は、酵母とよばれる直径5ミクロン程度のコロコロした球形の微生物が担っている。ブドウの果皮には天然の酵母が付着しているので、ブドウを潰して果汁を絞って置けば自然にアルコール発酵が始まる。近年では、不安定な天然酵母に頼らず、育種した優良なワイン酵母を発酵時に添加することが多くなっている。

余談だが、酵母はデンプンを分解することができないので、ビールや日本酒のような穀物を原料とする酒は、まず穀物のデンプンを糖分に分解する必要がある。糖化とよばれるデンプン分解の工程は、伝統的には西洋では麦芽、東洋ではカビの力を借りて行われる。冷涼な西洋の気候が麦の栽培に向いているため麦芽が身近である一方で、湿度の高い東洋ではカビが身近に生えやすいという風土の違いがこのようなところに現れている。

ワインの醸造では原料のブドウに糖分が含まれているので、原理的にはブドウを潰して、ブドウの果汁の糖分を酵母によりアルコール発酵させるだけでワインができる。工程が単純なので、ごまかしが効かず、原料のブドウの良し悪しがストレートにワインの出来に反映する。伝統的なワイン醸造家の多くは、ブドウの栽培も同時に行なっている。ワインに限って原料のブドウの産地や生産年などが細かく表示される理由はここにある。

ブドウ果汁をワインに変えてくれるアルコール発酵は、以下の化学反応に従って進行する。
グルコース(C6H12O6) → 2エタノール(C2H5OH) + 2 二酸化炭素(CO2)

せっかくのワインが不味くなりそうな化学式で恐縮だが、この化学式は180グラムの糖から92グラムのアルコールが生成することを物語っている。投入した糖分の半分しかアルコールにならないことを意味するので、10%のアルコール濃度のワインを造るためには、約20%の糖度のブドウが必要ということになる。日本では夏に雨が多いため、ここまで糖度が高いブドウを作るのは困難である。ブドウの糖度が足りない場合は、発酵時に砂糖を加える。補糖とよばれるこの操作はインチキではないが、補糖を必要とするブドウしか得られないというのはワイン醸造の上では大きなハンディキャップである。

ワインの本場フランスではAOC法とよばれる原産地呼称統制法によりブドウの産地が細かく格付けされており、ワインの専門書にはブドウの生産地についてあれこれと実に詳しく記述されている。しかし、ブドウを農作物の一つとして考えると、ブドウの生産適地の条件としては、(1)水捌けが良いこと、(2)昼夜の温度差が大きいことが重要である。

水捌けの問題は、作物としてのブドウの特性のためである。ブドウは比較的乾燥に強く、根が大量の酸素を必要とする。そのため、ブドウ栽培の土壌は水捌けが良く、空気が通りやすくなければならない。この点で、欧州の砂の多い土壌はブドウ栽培に向いていると言える。一方、日本の土壌の多くは火山灰に有機物が堆積した「黒ボク」土である。黒ボク土は水持ちが良く肥沃な点が特徴であり、野菜や米の栽培には向いているがブドウの栽培には必ずしも向いていない。また、ブドウの木はカビに弱く病気に罹りやすい。日本ではブドウを棚に仕立てるのは、ブドウの葉や果実とカビの多い地面との距離を取るためである。

昼夜の温度差の問題は、果物の栽培に共通する課題である。植物は昼間にせっせと光合成を行って糖分を貯蔵するが、夜間は生命を維持するために糖分を消費して呼吸する。したがって、糖度の高い果物を生産するためには、昼間は温度が高くて盛んに光合成を行い、夜間にはグッと気温が下がって呼吸を抑えることができる気候が望ましい。さらに、収穫時期に雨が多いと果実の糖度が上がりにくくなるので、夏から秋にかけての収穫期に乾燥することも重要である。特に、ブドウは糖分の濃度が高くなってから雨にあうと、果実が水分を吸って弾ける「球割れ」を起こすことがある。こうした事情から、収穫期が近づくとブドウ農家は祈るような気持ちで空を見上げる。ワインは気候の恵みを受けて育つ農産物である。ワイングラスを傾けるときには、天候に一喜一憂する農家の人々に想いを馳せてみたいものである。

以上の条件を考慮すると、ブドウの栽培に向いているのは盆地の傾斜地である。北海道の道央地区、山形県、長野県、山梨県が主なワインの生産地だが、いずれも日本では数少ないブドウ栽培の好適地である。しかし、夏場がカラカラに乾燥する地中海気候の国々に比べると、ブドウ栽培に絶好とまでは言えない土地柄である。

このようなハンディキャップにもかかわらず、ロンドンで開催される「インターナショナル・ワイン・チャレンジ2019」などの権威あるコンペで金賞を受賞するなど、日本のワインの国際的評価は着実に向上している。ブドウの出来で8割が決まると言われるワインについて、醸造工程の隅々にまで気を配って品質向上に努めてきた日本の醸造家の努力は特筆に値するだろう。

白ワインの醸造と味覚の話

白ワインは、緑色のブドウを収穫し、茎を除いてから圧搾し、果汁だけを用いてアルコール発酵を行う。このとき、雑菌の混入を防ぐために亜硫酸塩が添加される。ワイン酵母は、アルコール発酵能は高いが生育はあまり早くないので、生育の早い乳酸菌などに圧倒されることがある。こうなると、せっかくのブドウ果汁がワインにならず、酸っぱく腐った汁になってしまう。ワインの瓶に亜硫酸塩使用と表示されているのに気がついている人は多いと思うが、亜硫酸塩は防腐剤として添加されるのではなく、発酵の工程で酵母が雑菌に負けないようにするために添加されている。発酵が終了すると、滓引き(おりびき:ラッキング)して固形物や濁り成分を除き、瓶詰めして出荷する。

白ワインは冷やして飲むというのは、ビールを冷やして飲むのと同じくらい共通の認識であろう。実際、ほとんどの白ワインは冷やした方が味が引き締まって美味しく飲める。白ワインの味覚成分はブドウ果汁に由来し、特に甘味成分としての果糖と、酸味成分としての酒石酸とリンゴ酸が白ワインの味わいに大きく影響している。

リンゴ酸は食品に含まれる有機酸の中では比較的強い酸であり、日本酒などに比べるとワインはずっと酸度が高い。酸味とのバランスを取るために、白ワインには糖分が多めに残されている。実は、味覚成分の中で温度により感覚が最も大きく変わるとされているのは甘味であり、温度が高い方が明らかに甘味を強く感じられる。寒い季節に温かいお汁粉の甘さは身も心も温めてくれるものである。一方、アイスクリームは冷たいからこそ、ほどよく甘くて美味しいが、溶けて温かくなったアイスクリームの汁は、胸焼けするほどべったりと甘く感じるのも甘味の温度効果である。

このため、白ワインは冷やして糖分の甘さを抑えた方がバランスよく感じられる。また、白ワインに含まれるリンゴ酸は、冷えている時の方がすっきりとした爽やかな酸味が味わえる。これは、訓練されたモニターによる官能試験でも確かめられている。白ワインは冷やして飲む方が美味しいとされることには、このような理由がある。

ドイツのビールはしっかりしたコクとすっきりした味わいが特徴だが、ドイツのワインはほとんどが甘口の白ワインである。それも、高級なものほど甘味が強く造られている。作物としてのブドウは、寒冷地で栽培されるとリンゴ酸を多く生産する性質がある。ドイツはブドウの栽培地としては北限に近いため、冷涼な気候に強いリースリングとよばれる緑色のブドウが栽培される。ドイツでは、リンゴ酸の酸味とバランスを取るために、可能な限り甘味が濃縮されたブドウ果実を選抜してワインを醸造するので、高級ワインほどフルーティで甘味が強くなる。甘口のワインと料理との組み合わせはやや難しいが、ドイツワインは中華料理と相性が良いように思う。機会があったら、試してみてはいかがだろうか。

赤ワインの醸造と樽熟成の話

赤ワインは赤色や黒色のブドウから造る。茎を除いてから果実を潰し、皮と種を除かずに亜硫酸塩と酵母を加えてアルコール発酵を行う。発酵が終了したら、圧搾して木樽に詰めて数ヶ月から1年ほど樽熟成を行い、滓引きし瓶詰めして製品とする。すべての赤ワインについて樽熟成が行われるわけではないが、樽熟成には赤ワインのまろやかな味わいを引き出す効果があるとされる。

白ワインは甘味と酸味のバランスを楽しむが、赤ワインには皮と種に由来する渋味が加わっている。赤ワインの鮮やかな赤色は、ブドウの果皮に含まれるポリフェノールが溶け込んでいるためである。ポリフェノールは抗酸化作用を有し、体内でさまざまな物質を傷つける活性酸素を消去する効果があるので、動脈硬化や生活習慣病の予防に役立つとされている。フランスでは動物性脂肪の摂取量が多いにもかかわらず冠状動脈系心臓病の発生率が低い事実は保健関係者の間で「フレンチパラドックス」とよばれているが、その理由はフランス人が大量に消費する赤ワインに含まれているポリフェノールのためと考えられている。ポリフェノールを多く含む、赤ワイン、ブルーベリー、カシス、ココアなどが健康によいとされ、一時期は品薄になるほどのブームを引き起こしたことを覚えている人も多いだろう。

ブドウの種に含まれているタンニンも赤ワインの渋味の元となっている。タンニンは渋柿の渋味の主成分である。渋柿を好んで食べる人がいないように、渋味はあまり歓迎される味ではないが、適度な渋味は絶妙のコクと深味を与えてくれる。高級な赤ワインは、十分に熟成したブドウをふんだんに使ってじっくりと醸造されているため、多量のポリフェノールとタンニンが含まれ、濃厚な赤色とふくよかなコクを演出している。

一方、安い赤ワインは必ずしも良質でないブドウを使用し、場合によっては過剰な補糖を行なって「水増し」醸造されている。当然、色も薄く味わいも乏しくなるが、口当たりがよく安価なので庶民の味方とも言える。

さて、高級な赤ワインはなぜ樽熟成が必須なのだろうか。想像してみて欲しい。酸味と渋味が両方強いワインは、実のところかなり飲みにくい。基本味とよばれる5味(甘味、塩味、酸味、苦味、旨味)の中でも、甘味と旨味はヒトが本能的に好む味だが、酸味は未熟な果実や腐りかけの食物を象徴する要注意の味である。渋味は基本味ではないが、渋柿を思えば渋味が強すぎるのは好ましくない。せっかく、上質なブドウを厳選して醸造したのに、出来上がったワインが飲みにくいのでは元も子もない。ていねいに造ったワインをもっと飲みやすくふくよかな味わいにできないものだろうかと、試行錯誤の末に編み出された工夫の一つが樽熟成である。樽熟成は酸味を抑え、味をまろやかにする効果が認められている。

赤ワインに含まれる酸味成分は酒石酸と乳酸であり、白ワインに含まれていたリンゴ酸が乳酸に変わっている。近年の解析により、樽熟成の間に乳酸菌が生育してリンゴ酸を乳酸に変換するマロラクティック発酵が起こっていることが判明している。乳酸はヨーグルトや紹興酒に含まれている有機酸であり、リンゴ酸よりも酸としてはずっと弱く柔らかい味がする。樽熟成を行うことにより、上質なワインが高級ワインにふさわしいコクと深みのある味わいを兼ね備えるようになる。

赤ワインのたしなみ方

さて、赤ワインは室温でたしなむべきものかという課題に、私なりの解答を示したいと思う。まず、乳酸という有機酸は、やや温かい方がまろやかな味わいを楽しむことができる。紹興酒には乳酸が含まれているが、日本では紹興酒は温めてザラメを加えて飲むことが好まれている。温かい方が紹興酒の強めの酸味が抑えられ、飲みやすくなるためである。日本酒も乳酸が含まれる酒であり、しっかり造られた日本酒は燗にすると目を見張るほど味も香りも花開く。

赤ワインのもう一つの特徴は渋味だが、味覚成分の中でも渋味というものは、甘味とは反対に温度が低い方が際立つ傾向がある。美味しいお茶も、冷えると妙に渋く感じるのは、この辺に理由がある。

以上を総合すると、コクのある赤ワインは冷やさずに室温程度にして渋味を抑えた方が、酸味のバランスが取れて美味しく飲めるという結論になる。さらに、香りの成分は温度が低すぎると揮発しないので、少し温度が高めの方が芳醇なワインの香りを楽しむことができる。高めの温度といっても、あくまでも西洋の低めの気温が基本であって、熱が感じられるほど温めては台無しである。ちなみに、ワイングラスに長い脚がついているのは、脚を持つことにより体温をワインに伝えないためである。良い赤ワインは、大きなグラスに注いで、ゆっくりと回し、空気にワインの香りをたっぷりと含ませてから、おもむろに嗜みたいものである。

しかし、話はここで終わらない。やや温めて飲む方が美味しいのは、十分な酸味と渋味を含む高級ワインの場合である。庶民の味方である安い赤ワインは飲みやすいけれど、残念ながらポリフェノールもタンニンも乏しく、渋味もコクもほとんどない。このようなワインを飲むときには、少しでも渋味を引き立たせる方が、バランス良く味わえる。安価な赤ワインを温めると、なけなしの渋味が抑えられて、薄っぺらい甘味が前面に出てきてしまう。

つまり、庶民の味方の赤ワインは、ためらわずにキンキンに冷やして飲むのがおすすめである。ご多分に漏れず、筆者も普段は白ワインも赤ワインも冷蔵庫で冷やして飲んでいる。

※記載内容は筆者の個人的な見解であり、特定の商品または発酵食品についての効果効用を保証するものではありません。

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